「ヒロセさんは、どうしてこんなに植物にハマったんですか?」
ありがたいことに、InstagramのDMなどで、時々こういったご質問をいただきます。棚にズラリと並んだ植物たちを眺めながら、私自身も時々、ふと考えることがあります。いつから、どうして、こんなにも夢中になってしまったのだろうか、と。
それは、雷に打たれるような劇的な出来事ではありませんでした。気づけば、足が抜けなくなっていた。そんな、じんわりと、しかし確実に引きずり込まれていった、深く、厳つく、そして最高の「沼」への道のりでした。
こんにちは!植物育成家のヒロセです。
どんな長い旅にも、全ての物語にも、「始まりの一歩」があります。私の場合は、それが一株の、決して高価ではない、けれど最高に格好良いアガベとの出会いでした。
この記事では、いつもの育成論から少し離れて、私が「アガベ沼」にハマっていった理由と、その全てのきっかけとなった、忘れもしない最初の一株、「アガベ・ホリダ」との物語について、お話しさせてください。
植物に興味のなかった私が、アガベと出会うまで
信じられないかもしれませんが、ほんの数年前まで、私は植物を育てることに、ほとんど何の興味もありませんでした。
2021年、パンデミックが変えた日常
多くの方がそうであったように、2020年から続くパンデミックは、私の日常を大きく変えました。家で過ごす時間が増え、何か新しい、家の中で没頭できる趣味を探していました。そんなありふれた日々の中での、偶然の出会いでした。
偶然見かけた一枚の写真
何気なくInstagramを眺めていた時、一枚の写真に、私の目は釘付けになりました。それは、美しい花でも、癒やしの観葉植物でもありませんでした。
岩のように無骨で、生命力に溢れ、どこか獰猛で、それでいて完璧に計算されたような幾何学的なフォルムを持つ、一株の植物。それが、私と「アガベ」との最初の出会いでした。
「生きる彫刻」への興味
「なんだこれは…、植物なのに、まるで彫刻作品みたいだ」
それが、私の第一印象でした。美しいとか、癒やされるとか、そういう感情よりも先に、その圧倒的な「造形美」と「存在感」に、強く心を惹きつけられたのです。「育ててみたい」というよりは、「このアート作品を、もっと知りたい、手元に置いてみたい」という、知的好奇心に近い感情だったと思います。
なぜ「アガベ・ホリダ」だったのか?最初の一株との物語
アガベに興味を持った私は、勇気を出して、初めて専門店の門を叩きました。
初めて訪れた専門店での衝撃
そこに広がっていたのは、まさに異世界でした。チタノタ、ユタエンシス、パリー…。名前も知らない、しかしどれもが強烈な個性を放つアガベたちが、所狭しと並んでいる。その光景に圧倒されながら、私は一株の植物の前で、足を止めました。
数ある株の中からホリダに惹かれた理由
それが「アガベ・ホリダ」でした。なぜ、数あるきらびやかな人気品種ではなく、ホリダだったのか。理由は3つあります。
① 手の届く価格帯
当時の私にとって、名前のついたチタノタなどは、あまりにも高価で、手が出せる存在ではありませんでした。その中でホリダは、強烈な個性と格好良さを持ちながらも、初心者の私が「挑戦してみよう」と思える価格帯だったのです。
② 獰猛で美しい、黒い棘
ホリダの最大の魅力は、その長く、鋭く、漆黒に輝く棘です。特にトップスピンの美しさは、他のアガベにも引けを取りません。この「黒い棘」の持つ、シャープで、どこか危険な香りのする美しさに、私は一瞬で心を奪われました。
③ 「自分で育て上げる」余白
私が選んだのは、完璧に仕上がったショークラスの株ではありませんでした。まだ小さく、これからの成長に「余白」を感じさせる、若い株でした。「完成品を買う」のではなく、「この株のポテンシャルを、自分の手で引き出してみたい」。そんな、育成家としての根源的な欲求を、その小さなホリダが掻き立てたのです。
我が家に来た最初の日
こうして、我が家にやってきた初めてのアガベ。その日のことは、今でも鮮明に覚えています。最適な用土を夢中で調べ、日当たりの良い一等地を用意し、鉢に植え付けた後、何時間もその姿を眺めていました。「ここから、何かが始まる」。そんな静かな興奮に包まれていました。
一株のホリダから、アガベ沼へ
その後の日々は、驚きと発見の連続でした。
育てる喜びと、初めての新葉
毎日、ホリダの顔色をうかがい、水やりをすべきか、まだ待つべきか、真剣に悩む。そして数週間後、株の中心から、新しい葉の先端が、ほんの少しだけ顔を覗かせているのを発見した時の感動。
「生きてる!僕の管理で、新しい葉を出してくれた!」
それは、何物にも代えがたい、小さな、しかし確かな成功体験でした。植物と自分が、初めて心を通わせられたような感覚。この瞬間に、私は「育てる」ことの本当の喜びに目覚めたのです。
知れば知るほど深まる、多様性の世界
一株を育て始めると、他の株にも自然と目が行くようになります。ホリダを知れば、次はチタノタが気になり、チタノタを知れば、白鯨やシーザーといった、さらに深い「品種」の世界が広がっていることを知る。一つを知れば、十を知りたくなる。アガベ沼は、知的好奇心を刺激してやまない、底なしの沼でした。
Instagramでの繋がり
自分のホリダの成長記録を、Instagramに投稿し始めました。すると、同じようにアガベを愛する人たちから、「いいね」やコメントが届くようになりました。このニッチで、マニアックな情熱を共有できる仲間がいる。その「繋がり」が、私の沼ライフを、さらに加速させていったのは言うまでもありません。
まとめ:全ては、あの一株から始まった
今、私の棚には、あの頃には想像もできなかったような、様々な種類の植物が並んでいます。
しかし、私の全ての原点は、今も昔も、あの日に専門店で出会った、一株のアガベ・ホリダです。決して最も高価な株ではないかもしれません。しかし、私に植物を育てる喜びを教え、この深く、楽しい沼の世界への扉を開いてくれた、かけがえのないパートナーです。
もし、今あなたが、この世界の入り口で、最初の一歩をためらっているのなら。大丈夫。まずは理屈抜きに、あなたが「格好良い」と心から思える一株を見つけてみてください。
その出会いが、あなたの人生を少しだけ豊かにする、最高の物語の始まりになるかもしれませんから。